『女の財布』には
「女の福相は一日にしてならず」
という章があります。

繁栄を極めたローマも
一日で出来上がったものではないのと同様に、
福々しい相をしている女性の今日も、
短期の間にできたものでなく、
長い年月をかけてつくり上げられたものである
という意味でしょう。
そうした女性の一人として、
邱さんは大正製薬をつくりあげた創業者の
奥さんのことを取り上げています。

「ある時、私は大正製薬に頼まれて
講演に行ったことがあった。
その日は何か記念行事があったらしく、
社長と奥様も臨席することになっていた。
社長と云っても、今の社長ではなく、
先代社長の上原正吉さんのことで、(略)
創業当時、ご自身が大八車をひいて
薬売りにまわり、今日の財をなした人である。

私を迎えに来た支社長たちは、
私をホテルまで送り届けると、
すぐ折り返し社長夫妻を迎えに戻った。

その時の話で、奥さまは実によく気のつく人で、
社員の一人一人に対しては
大変な神経のつかいようで、
家族のことから、健康のことから、
人事異動の不満に対してまで、
よく話をきいてくれるのだそうである。

その口ぶりからして、
幹部たちが社長夫人に心服している様子が窺えた。
それは、たとえば、
かっての帝人の大宅晋三さんの前で、
『カカカ・・・のかあちゃん』にお世辞を言うのと
陰にまわって言うコトバの違いとは
全く異質のものであったので、
私は上原さんが今日あるのは奥さまのおかげだと、
たちどころに了解した。
その時、ついに奥さまとはスレ違いで
お目にかからなかったが、
ほとんど確信をもって
上原正吉さんは良妻に恵まれた人だと思ったことを
今でも覚えている」
(『女の財布』)

上原正吉氏ご夫妻が
どういう人生コースをたどり、
夫人がご主人をどのように支えてこられたのか、
自然に浮かび上がってくる叙述です。