邱は『奔放なる発想』を執筆してから4年たった時点で、
『WILL』誌(現在は廃刊)の昭和60年7月号に
「ドル安に賭ける人の利殖学」という文章を書きました。
この文章で、『奔放なる発想』で
日本企業が工場をアメリカに進出させることを
予想したときの考えを披瀝しました。

「たまたま私は日本に対してもアメリカに対しても、
第三者的な立場に立って見ることができたので、
公平に見て日本勢が次第に勢力を増強し、
やがてアメリカにおいつき、
アメリカを追い越すようになるだろうと予見することができた。
だから『奔放なる発想』という本を書き、その中で
『日本はやがてアメリカに恩を返すことになるだろう』
『アメリカの対日貿易の赤字は1985年になったら、
250億ドルを超えるだろう』
と指摘している。
こうしたアメリカ側の実力の低下は、
やがて日米間に大きな経済摩擦を起こす。
アメリカは建国以来、自由貿易の旗印を掲げて
今日に至っているが、
それは自由貿易が異国間の交流を盛んにして
諸国民に経済の繁栄をもたらすという
信念による面があるとしても、
そうすることがアメリカにとって
好都合だったからというのが本音であろう。

だから、もしどうにも解決のしようのない大赤字が続けば、
アメリカだってそのうちに錦の御旗をおろさざるを得なくなる。
日本人の閉鎖性とか排外性を非難して、
市場開放を迫っている間はまだよいが、
アメリカの要求するだけの条件を日本側が全部充たしても、
依然として彼我の優劣の差があることがはっきりすれば、
対日非難決議とか、課徴金の徴収だけでは
すまなくなる時がやってくる。
そうした貿易摩擦を避ける方法として、理屈のうえでは
(1)ドルと円の間の為替レートをかえる、
(2)アメリカに大量の輸出をしているメーカーは
   現地生産に切り替える、
という二つの方法が考えられるが、
このうち最初の為替レートは
ゴルフのハンディみたいなもので、
ハンディをかえるということは、
従来のバランスが崩れたということにほかならず、
少々バランスの是正をしても、
時がたつとまたバランスが崩れるからである。

結局、摩擦を避ける唯一の効果的な方法は、
およそアメリカにお客を持っているほどの日本企業は、
現地に工場をつくり、現地人を雇用し、
日本式経営法で物をつくるよりほかないのである。
その場合、日本人は『とかくメダカは群れたがる』
と自嘲するように、集団移動をする習性があるから、
恐らく日本企業や日本の金融機関は、
日本の対岸のカリフォルニア州に集中するだろう。
この傾向が続けば、軍事的な意味ではもとよりないが、
そのうちに『カリフォルニア州は第二の満州になりますよ』
と私は冗談半分に言った。」
(「ドル安に賭ける人の利殖学」『若気の至りも四十迄』に収録)