「北海タイムスの社長の竹田厳道さんと
佐藤春夫先生の遺宅でお会いしてから
1年あまりたってからのことです。
或る日、突然、竹田さんから、
『ちょっと相談があるんだけど』
と電話がかかってきました。

『どうぞ、おいで下さい』と言って
渋谷の私の事務所に来てもらうと、会った途端に
『実は北海タイムスの社長をクビになったんです』
と言うじゃありませんか。

詳しい事情はわかりませんが、
北海タイムスのオーナーは北炭の荻原さんですから、
オーナーからお役ご免を申し渡されたということです。
『いいじゃありませんか。
竹田さんは只の新聞記者と違って営業畑出身なんですから、
可能性はいくらでもあるでしょう。
普通のサラリーマンがその年齢でクビになったのでは
間に合いませんが・・・』

当時、竹田さんは確か50才をすぎたばかりでした。

『」で退職金はいくらもらったのですか?』
『1000万円ですよ』
『社長としては少い方ですね』
『貧乏会社ですから仕方ないですよ』
『で、これからどうする積りですか?
『うちの新聞社の有力スポンサーの連中が
僕のことを気の毒がって、スポンサーになってあげるから、
東京へ出て広告会社でもやったらどうだと言ってくれているんです』
『スポンサーって、どことどこの会社ですか?』


と私は根掘り葉掘りききかえしました。
北海道のことですから、
ウィスキーの会社だとか、ビール会社だとか、バス会社だとか、
いくつか有力企業の名前があがってきました。
でも私は苦虫をかみつぶした表情になって、
『おやめになった方がいいんじゃないですか』
とブレーキをかけにかかりました。
『おつきあいのあったスポンサーが
同情してくれるのはわかりますが、
取引先が広告をくれたとしても1年だけですよ。
あとは続かないにきまっていますから
1年たったらあなたは退職金を使いはたしてしまいます。
そのあと無一文になって、どうする積りですか』」