昭和44年、新居を建てたのを機に邱永漢は
自宅に専門のコックを雇いました。

「私の家では、
これまでずっと女房がコックさんの役割をはたしてきてくれた。

お手伝いさんを雇っても、ろくに料理のできない人ばかりだから、
三度の食事はすべて女房が用意をすることになる。
女房に楽をさせてやろうと思えば、
専門のコックを雇うことである。

少しゼイタクな話であるけれども、
人間、何のためにお金をもうけるかといえば、
使うためだから、少々くらいの
ゼイタクは許されてもよいのではないか。

たまたま私の家に出入りする青年で、
レストラン業に手を染めて成功しているのがいた。
個人宅で働くコックはいないかと私がきいたら、
『いますよ。すぐお連れしましょう』といって、
三十歳前の西洋料理の若いコックを紹介してくれた。
西洋料理のコックでは、
とても朝昼晩食べるというわけにはいかないが、

中華料理が食べたい場合は女房につくってもらえばよいし、
女房としても半分くらいは
手間が省けるようになるだろうと思ったのである。」
(邱永漢著『邱飯店のメニュー』)