大衿(タイカム)の起用を巡って

邱炳南(邱永漢)と花嫁の母親の間で

意見が対立し、両家の間に険悪な関係が

生れてしまいました。

 

「披露宴の席上に大衿(タイカム)という

やり手婆さんのようなバアさんがのさばっていた。

大衿というのは、結婚式の時に

挨拶一つできない花嫁の代わりに

食卓から食卓についてまわって、

『さあ、皆さん、どうぞお酒をしっかりほしてください』

と言ってまわる係のことである。

 

また結婚式が終わると、花婿の家までついてきて、

お茶を入れたり、花嫁の足まで洗ってくれる。

花嫁がまだ何もできない年頃ならいざ知らず、

そんなバアさんは不必要だと私は言ったが、

家内のおふくろさんは自分の嫁入りの時もそうしたのだから、

娘の時にもそうすると言ってきかず、

わざわざ高いお金を出して大衿をやとってきて、

私たちについてまわらせた。

 

そのバアさんが見るからに強欲そうで、

お茶を一杯持ってきてもチップを

払うまで引き下がろうとしない。

そんなバアさんに家までついて来られて、

ベッドにお茶を持ってくるたびに

チップを要求されるのではたまらないから、

宴会が終わって花嫁と私の車に乗り込む間際になってから、

『この人は帰ってもらいたい』

と私は言った。

 

『せっかく高いお金を奮発してやとったんですよ』

と家内のおふくろさんは言う。

『そんなことをおっしゃっても、

私が要らないと言っているんですから』

と私が拒否すると、

『私のメンツを立ててくれないのですか?』

とおふくろさんは皆の前で泣き出してしまった。

私がなおも頑なに拒否し続けると、

『親を泣かせることはないだろう』

と家内の兄弟たちが私をとりかこんだ。

 

『衆をたのんで私をおどすつもりですか。

いやなものはいやなんだから』

と私も負けずに怒鳴りかえし、

花嫁を車の中に押し込むと、

その隣りに乗り込み、運転手の隣りの席には

私の姉に乗り込んでもらって、

さっさと我が家に向かった。」

(『わが青春の台湾 わが青春の香港』)