麹町憲兵隊に連行された邱炳南(邱永漢)は

取調べを受けるなかで、

「重慶国民政府」のスパイではないかとの

嫌疑をかけられてのことがわかりました。

 

「私は麹町憲兵隊に一週間、留置され、

オドされたり、スカされたりしながら、

手の込んだ訊問を受けたが、

当時の学生にふさわしからぬ不逞な思想を

持っていることを除けば、スパイとしての

嫌疑を受けることは予想もしていなかった。

 

だから、訊問が進行するにつれて、

自分がスパイとしての嫌疑をかかることは

予想もしていなかった。

それも重慶側のスパイと予想されていることに気づいて

私は少なからず当惑した。」

(「職業としてのスパイ」。『金銭読本』に収録)

 

というのも、邱が共鳴していのは

重慶国民政府の「和平建国」でなく、

南京国民政府の「抗戦建国」だったからです。

 

また中国大陸に行きたいという思いは

「まったくの単独行動」

(「一機会主義者の青春」。『金銭読本』に収録)

でしたので、邱にかけられていた

「重慶政府のスパイではないか」

という言われのない嫌疑は

取調べのなかで解かれることになります。