昭和50年(1975年)に発刊された
『会社社会ニッポン』が、19年後の平成6年(1994年)に
三回目の全集、『邱永漢ベスト・シリーズ』の28として
再版されました。そのときのまえがきをここに
抜粋させていただきます。
「『会社は永遠だ』という名文句を残して、
会社の名誉を守るためにビルの上から
投身自殺をした会社の中堅幹部があった。

日本人にとっても『今頃、まだこんな人がいたのか』
と驚く人が多かったと思うが、外国人はもっとびっくりした。
会社を自分らの共同生活の場と考え、
そのために生命を賭するような愛社精神を
もった人など、鉦や太鼓を叩いて探しても、
日本以外の国にいるとは思えないからである。

人の既往は武力をもって雌雄を決した。
当今は経済力をもって勝敗を争う。
資源も資本もなかった貧乏国日本が、
敗戦の灰の中から立ちがって半世紀を出ずして、
世界の経済大国になったのは、安い原料をしいれてきて、
それに付加価値をつけ、富を生み出すことに
成功したからであるが、その推進役をしたのは
会社という組織であった。
日本人は大多数がこうした組織の中の
一人一人の構成員だが、会社内におけるチーム・ワークは
他に類例を見ないくらいに見事にできていて、
一人一人の構成員は自分の役割をよく心得ていて
集団の利益を優先させることを忘れない。
そうした人間のことを日本人は自分で
『会社人間』と読んでいるが、日本の経済が
これだけの繁栄を見せるようになったのも、
実はこうした一糸乱れぬ『会社人間』の
行動のおかげだと私は見ている。

不況になれば、人員整理をやるのが
世の常識で、日本の企業も決してその例外ではないと思うが、
日本人は『会社人間』としての結束が固いから、
不況になればなるほど、結束を堅くして同士を守ろうとする。

だから、会社を辞めてもらう場合でも、
新しい職場の斡旋をしたり、独立自営のための
資金の援助をする会社さえある。

それもよくよくのことで、社内失業という形で
景気の恢復を待つというのが日本型社会保険の
主流といってよいだろう。 私が『会社社会ニッポン』を
書いてからすでに二十年の歳月がたつが改めて
その存在の大きさを思い出させる昨日今日である。
(1994年6月記)」