話が前後しますが、今回は
邱永漢さんの「あまカラ」連載三部作
の本の装丁のことについてふれたいと思います。
「あまカラ」連載三部作とはご存知の通り、
『食は広州に在り』、『象牙の箸』そして『食前食後』です。

たぶん、このコラムをお読みの方々の多くは
これらの作品を中公文庫版でお読みになった
と思いますが、初版本は
『食は広州に在り』は昭和32年に龍星閣から
『象牙の箸』は昭和35年に中央公論社から
『食前食後ー漢方の話』は昭和37年に
婦人画報社から刊行されています。

いずれも函に入れられ、今の時代では
想像もつなかいような立派な装幀の本で、
皆さんが実際に手にとられたら驚かれると思います。
そのことを三部作のトップを切った
『食は広州に在り』(初版)の”後記”が伝えています。

「今度、澤田伊四郎さんのご好意で、
私としては初めての随筆集を
出していただくことになった。
これは昭和29年12月から『あまカラ』誌上に
連載してきたもので、はじめとおしまいでは
筆の調子がだいぶ違ふが、その半面、
自分なりにひとつの型をなして行くのが、
手にとるやうに見えるので、不完全と知りながら、
快刀乱麻といふ気持ちにもなれないでゐる。

若し、この随筆集が何らかの意味で
読者の皆さんを楽しませることが出来るとしたら、
それは執筆をすすめてくれた友人の薄井恭一さん、
色々と無理を聞いてくれた甘辛社の今中善治さん、
大久保恒夫さん、水野多津子さんのおかげであらう。
なほ文藝春秋新社の樋口進さんには
写真を提供いただいた。 
紙面をかりて感謝の意を表します。
(一九五七年三月吉日)          著者」

ここに出てくる、”澤田伊四郎”さんは
「龍星閣」という個性的な出版屋を
一人だけでやっていた人で、高村光太郎の
『智恵子抄』をロングセラーで
売り続けている人でした。

この澤田さんから邱さんは
次のように言われました。
「お金を担いで頼みにこられても、
気に入らないものは引き受けないが、
『食は広州に在り』は気に入ったから、
お願いしたい。
その代わり、本は立派につくるが、
印税は払いませんよ」
(Qブックス版「食は広州に在り」)。

まだ無名に近い存在であった邱さんは
本にしていただけでもありがたいと考えて承知し、
「大家も望めないような立派な装幀の本を出してもらった」
(同上)と当時のことを振り返っています。