昭和50年の話になりますが、作家の丸谷才一氏が
文庫版の邱永漢著『食は広州に在り』に解説を書き、
次のように戦後食べ物随筆の最高傑作を紹介しました。

「食べ物についての本のなかで、
戦前最も有名なのは木下謙次郎の『美味求食』、
それについでは村井弦斎の『食道楽』だろうから、
いずれも大変な名著ということになっていて、
今日でもなつかしむ人が絶えない。

しかし、わたしに言わせれば、
両者とも調べもののときには
何かと助かる重宝な本ではあるが、
本を読み喜びをさほど味わせてくれるものではない。

『食道楽』は文体が劣るし、
『美味求食』もまた文語体で書かれた第一巻はともかく、
口語体で書かれている第二巻・三巻は声を大にして
賞賛するほどのものではないのである。

この手の読み物戦後のほうがはるかに優れており、
吉田健一の『舌鼓ところどころ』および『私の食物誌』、
邱永漢の『食は広州に在り』そして檀一雄の
『檀流クッキング』はそのことをよく示すだろう。
いずれも傑作として推奨に足るものである」
(文庫版邱永漢著『食は広州に在り』の
丸谷才一氏による解説)

大変な推薦の言葉ですね。
このなかで戦後食味随筆の最高の作家として
挙げられた吉田健一、檀一雄、邱永漢の
作家のうち、檀一雄、邱永漢の二人については
邱さんが日本の文壇に登場するに際し
檀さんが導きの糸をひいた人で、
邱さんにとって檀さんは大恩人です。

その檀さんの『檀流クッキング』を読むと、
邱さんが檀さんに“台湾おでん”という料理
を伝えたことを説明するくだりがあります。
その内容は次回紹介いたします。