前回の引用の続きです。

「しかし、まだあまりピンとは来なかった。
失敗した話なら材料にはこと欠かないほど経験をたくさん積んでいる。
講演のときも、時々、そういう話をしている。
私は失敗したことをさほど恥ずかしいとは思っていないし、
それを喋れば聞いている人も喜ぶし、自分のストレス解消にもなるから、
いいじゃないか、くらいにしか考えていなかった。

ただそういう指摘をされて、自分でも人々の反応に気をつけていると、
私の失敗話に関心を持つ人は意外に多いのである。
もともと小説家は、佐藤春夫先生の詩の文句じゃないが、
『恥多き物語書きて得たる金いくら』といった風情があるから、
それなら洗いざらいぶちまけることにしようじゃないかという気になってきた。
あまりにも多忙をきわめていて、とても書きおろしはできないし、
どうしたものかとためらっていたら、『週刊朝日』誌がスペースを提供してくれると言う。

そういうわけで、昭和六十年八月から六十一年三月まで
『週刊朝日』誌に三十回にわたって、
『金儲けの神様が儲けそこなった話』
と題して連載させていただいた。

連載中、講演に行くたびに多くの聴衆から
『あれ、面白く読んでいますよ』と挨拶されたから、
やっぱり多くの人々の関心事と
大きな接点を持っているのだなあと教えられた。
ただ単行本にするにあたって、やはりこの作品の狙いは、
失敗の中から成功のヒントをさぐり出すことであるから、
『失敗の中にノウハウあり』という題にした。」
(邱永漢著『失敗の中にノウハウあり』まえがき)