昭和61年4月、邱永漢は
『 お金も人もまっしぐらー借りて運んで楽しんで』
という本を刊行しました。

昭和60年4月から1年間
 「借りて運んで楽しんで」
というタイトルで
日経流通新聞に連載したものです。
後年書いたコラムがこの本の概要を伝えています。

「 ずいぶん前に『借りて運んで楽しんで』という本を
書いたことがあります。
タイトルを見ただけでは何のことだか、
ピンと来ない人があるかも知れませんが、
人々が「所有」ということにこだわって、
食うや食わずの生活をしていた頃と違って、
これからの若者は
物は使えればよいのだから、
車でも家でも借りてすますようになるだろう、
自分の身体や職業も含めて
同じところにじっとしているのはやめて
動かすことを考えるようになるだろう、
また人生の目的は別に働くことではないのだから
(働くことを楽しんでる人は別だが)
楽しむことにお金を使うようになるだろうと
次世代の生き方について書いたのです。

その頃はまだほんの兆ししか見えませんでしたが、
いまになって見ると、
自動車のローンは当たり前になってしまったし、
リース業は大事業です。
コピーマシンから事務机まで
借り物ですませる会社もふえましたし、
ビデオテープからCDロムまで
見てしまえばすぐに返してしまいます。
建設の工事屋さんだって、
パワー・ショベルや起重機は
必要な時にリース会社から借りて来て、
使用料を払ってすませます。
使用料はすべて経費でおちますから、
減価償却のことで税務署ともめることもありません。

運ぶことについては、
物を運ぶ仕事からはじまって、
人を運ぶ仕事、お金を運ぶ仕事が多くなり、
最近では声を運ぶ仕事と情報を運ぶ仕事が
うけに入っています。
自分の親元や故郷を離れて、
外国に出稼ぎに行く人や留学に行く人は
ふえる一方ですから、
国際電話をかける人もそれに比例にしてふえます。
国際電話はビジネスのために使われると
思うかも知れませんが、
それは昼間のことで、
夜になると出稼ぎ人と留学生の専用線になるんです。
そういう電話代が年間に何百億円にもなるそうですから、
「声」を運ぶ仕事は巨大産業になりますね。
飛行機のように墜落する心配もありませんから、
人を運ぶ仕事よりも、
声を運ぶ仕事がいいにきまっています。」
(出典:「人を運ぶ仕事よりも声を運ぶ仕事」
 (2000年8月「もしもしQさん」)。
 『いまの時代が読めますか』に収録)