それからさらに百年たって、
二十世紀の後半に、台湾生まれの私が偶然、
東京に居を構え、敗戦後の日本が
ほとんど無一文に近い状態から、
約三十年間で世界でも一、二を争う金持ちの国にのしあがって行くのを、
まのあたりに観察するチャンスを得た。

私が大学で習った経済学によると、
富は広大な国土や豊富な資源を持つ国のものであり、
日本やNIESの国々のような天然資源に恵まれない国々は貧乏国に分類されていた。

ところが、資本も資源もない戦後の日本では、
九〇〇〇万人の人口を養っていくために、外国から原料を輸入して、
それを製品に加工して再輸出をし、
手間賃を稼がなければならなかった。皆が無我夢中になって、
そうした付加価値の創造に従事した。

最初の頃は「安かろう、悪かろう」
とバカにされていたメイド・イン・ジャパンであったが、
いつの間にか世界中から信頼される良質で安価な商品となり、
それをつくり出した日本人は一躍、嫉妬や羨望の的となった。