邱永漢一家は九品仏の貸家に

約六ヶ月住みましたが、

昭和29年11月10日に、長男が生まれ、

その直後に田園調布の一戸建の家を買って、

移転しました。

 

 

そして、同じく、田園調布に住んでいた

小説家の安岡章太郎との交流が生まれます。

 

「安岡章太郎氏は、

檀さんと同じく佐藤春夫先生を師と仰いでいたので、

おとうと弟子のような間柄であったが、

当時、田園調布の私の家の近くに住んでいた。

 

申し遅れたが、

九品仏の家賃一万六千円の貸家に約六ヶ月住んだ私は、

東京在往も長びきそうだし、

いつまでも家賃を払っているのも

バカらしいと思ったので、

多摩川べりの三菱病院の隣に、

敷地約三十坪、リビングキッチンに

六畳間が二つだけの小さな

一戸建ちの家を九十五万円で買って、

移り住んだばかりであった。

檀さんにいわれて『濁水渓』を送ったら、

すぐハガキがきて、『近くに往んでいるから、

そばを通りかかったときは声をかけて下さい』

と書いてあったので、

私の方が食事にさそったような気がする。

 

安岡章太郎氏がはじめて私の家に見えたのは、

我が家の記録によると、

昭和ニ十九年十ニ月二十九日になっている。」

(『邱飯店のメニュー』)