檀一雄の強い後押しを得て、

邱永漢の『濁水渓』が昭和29年12月5日に

「現代社」という出版社から刊行されました。

 

この小説は

「一篇が百枚ずつの三部作になった小説で、

その内容は、 第一部が戦争中、

東大に留学していた台湾人の学生が志願兵になることを

拒み、日本国中逃げ回る話であり、

第二部は戦後、夢を抱いて台湾へ帰ってきた青年が2・28事件という

反政府運動に巻き込まれ、失意のうちに台湾を脱け出す話」

(『邱飯店のメニュー』)です。

ちなみに作家の安岡章太郎は次のように紹介しています。

「『濁水渓』は戦時中、

日本軍部に弾圧され、憲兵に

追いまわされながら生きてきた台湾の青年が、

戦後になると大陸から渡ってきた

蒋政権の役人に反国民政府的革命分子であると

戦争中にまさる圧迫をうけ、

ついに国籍を放棄してユダヤ人のごとく

国外を放浪せざるを得なくなるというもの」

(安岡章太郎著『良友・悪友』)。

 

さて、邱にとって処女出版となる『濁水渓』は

本の題字は佐藤春夫が書き、

帯には檀一雄が雑誌「改造」に書いた

次の文章が転載されました。

 

「戦争中東京に留学していた台湾人の大学生は

『やがて日本帝国主義が崩壊して

われわれ台湾人の自治の時代がやってくる』

と云っていた。

たまたま日本が崩壊して

台湾に幾らかは自由な天地がつくれると思っていたところ

蒋介石や国民党の連中がやって来て、

土豪劣紳に賄賂をとり密貿易をやり豚のようにふくれ上がり

台湾の土着の人々は散々な目に会った。

二・二八事件という台湾人の暴動が起って、

台湾のインテリというインテリは大半皆殺しになった。

その台湾人の故郷を失った悲しみを

邱永漢という人が『濁水渓』という小説に見事に書いている

・・・・・・・・・(「改造十月号より」)」。