昭和42年8月、筑摩書房から刊行された

「現代文学大系53坂口安吾・井上友一郎・檀一雄集」には

檀一雄さんの自筆年譜が掲載されています。

 

その昭和29年(檀さん42歳)の項を覗くと

「3月「ザボンの家」(文学界)、

 4月「梨花」(改造)、

 5月「死んでも喇叭」(新潮)、

 8月『幼年』(別冊文藝春秋)を発表。

 7月『ペンギン』を現代社より刊行。

 6月、長女ふみ出生。

 8月2日、秩父に遊び中津川渓谷にて落石にあう。

 東京より友人坪井與、石山博士を伴い来り、

 其のまま慶応病院に運び込まれる。

 肋骨三本の骨折なり。

 病院にて邱永漢の作品を多数読ませらる。

 退院後熱海に温泉つきの家を借り、

 半移住して『地上』第一部を書き始める。」

といった記述があります。

 

「病院にて邱永漢の作品を多数読ませらる」

という短い文章に自分の書いた作品を読んでもらおうと

檀一雄に迫る邱永漢先生の熱意と、

後進の努力の結晶に目を注ぐ檀一雄の姿が伝わってきます。