小説を書き続ける邱永漢が

『刺竹』という短篇を持って訪ねると

檀一雄は「君は十万円作家にはすぐなれます」

と言い、小説で生計を立てたいと考えていた

邱にとって大きな励ましの言葉になりました。

 

「ある日、私が

『刺竹』という短篇をもってたずねて行くと、

檀さんは手放しで賞めてくれ、

『この一篇だけで、

君の小説家としての才能を認めます。

君は百万円作家にはなれないけども、

十万円作家にはすぐなれます』

 

百万円作家とは、

月に原稿料収入が百万円以上になる人のことで、

昭和二十九年の時点で、百万円の収入があるということは、

大新聞に連載小説を書かせてもらえる作家に限られていた。

それに対して、十万円作家とは、

『新潮』や『文学界』や『群像』に、

四、五十枚くらいの短篇を月に一篇か二篇載せてもらう、

いわゆる純文学作家のことである。

 

当時は、『新潮』や『群像』に書いて、

新人でせいぜい一枚五百円か七百円、

『オール読物』か『小説新潮』に書いて、

やっと千円程度であった。

 

つまり、私は流行作家にはなれないが、

文芸雑誌に名をつらねる程度の物書きにはなれますよ、

というのである。

 

『日本人は、究極において

日本的義理人情にしか興味を示さないから、

君のような小説では新聞社がうけつけてくれないだろう。

もっとも、それは文学としての評価とは

何の関係もないことだけど』

まだ原稿がまったく売れなかった頃のことであるから、

毎月『新潮』か『文学界』に

原稿が載るようになれるといわれただけでも、

私は天にものぼる気持であった。」

(『邱永漢のメニュー』)