檀一雄と会うことができず、

いつ帰宅するのかが気がかりな邱永漢に、

檀一雄が落石で怪我し入院したという知らせが

飛び込んできました。

次の日、おそるおそる

慶応病院特別病棟の特等室を訪れ、

入院中の檀一雄に初対面の挨拶をしました。

 

「『半分がっかりした気分で、

私はまた電車に乗って家へ帰ったが、

原稿を書いてもほかに見てもらうあてがなかったので、

毎日毎日いつ檀さんは帰ってくるのだろうか、

 

とそればかりを待った。すると、ある夕方、

配達されてきた『朝日新聞』の夕刊をひらくと、

『壇一雄、奥多摩で石にあたって負傷』という

三面記事がいきなり目の中にとびこんできた。

 

私は自分が石をぶっつけられたより驚いて、

すぐ檀邸に電話をかけた。

奥さんは慶応病院に行っていないが、

留守をしている人の話によると、生命に別条はないという。

私にしてみれば、せっかく拾ったチャンスが

また指の間から逃げてしまうかもしれない

瀬戸際だったから、気が気でなかった。

 

次の日、とるものもとりあえず、

私は病院に見舞いに出かけた。

壇さんの病室をきき、おそるおそる階段をあがった私は、

ひっそりとした陰鬱な病室風景を想像していた。

 

ところが、檀さんの部屋の扉をあけて来意をつげると、

『どうぞ』といって、すぐに中へ通された。

 

そこには檀さんの九州時代からの親友である

東映の坪井與さんや

ビデオホールの水田三郎さんらがわいわいいって、

酒杯を傾けていた。

 

檀さんはあお仰けに寝たままの姿で私に会い、

『小説は一部と二部と読みましたよ。

もう出版社には話をつけましたから、

このつぎきたときにここでひきあわせましょう』」

(『邱飯店のメニュー』)