自作「濁水渓」を読んで欲しいと

願い出ていた檀一雄から

「小説は読んだ。出版社の世話をするから来てほしい」

との電話を『大衆文藝』誌の島氏経由で受け、

邱永漢は飛び上がらんばかりに喜びました。

「一週間するかしないうちに、

島源四郎さんのところから私に、

『檀一雄さんから電話があって、

小説は読んだ、出版社の世話をするからきてほしい、

といっていましたよ』と連絡があった。

 

私は、夢かと喜んで、

すぐに檀一雄邸に電話をかけた。奥さんが電話口に出て、

『檀はいま奥多摩に行っていて、生憎と留守なんです』

『いつお帰りになるのでしょうか?』

『さーあ。いつになりますか、あの人のことですから、

はっきりしませんねえ』

いまにして思えば、檀さんは神出鬼没、予定なんかたてずに、

どこにでも行ってしまう人だから、

奥さんが返事ができないのも無理はなかったのである。

 

失礼とは思ったが、

いっぺんお宅に挨拶に行っておいた方がよいと考えたので、

私は何やら手土産を持って、

石神井公園にある檀邸に訪ねて行った。

高い塀をめぐらした四百坪からある大邸宅で、

木の門をくぐって中に入ると、古めかしい日本家屋の玄関があった。

 

案内を乞うと、奥さんが出てきたが、

やはり檀さんは不在である。

 

用向きをいうと、奥さんは承知していて、

『もうそろそろ帰ってくる頃だとは思いますが、

おいでになる前に、ちょっとお電話をしてみてください』

とすまなそうな顔をなさった。

 

半分がっかりした気分で、

私はまた電車に乗って家へ帰ったが、

原稿を書いてもほかに見てもらうあてがなかったので、

毎日毎日いつ檀さんは帰ってくるのだろうか、

とそればかりを待った。」

(邱永漢著『邱飯店のメニュー』)