小説修行に励む人たちが集まる

勉強会に出て、邱永漢は

「一年間は小説に没頭するが

芽が出なければすぐあきらめる」

と発言し、先輩たちから生意気だと

叱られました。

 

思ったことは包み隠さず、

素直に口にする邱の性分を

伝えるエピソードだと思います。

 

「小説を書くのに、グループで集まって

研修してはたしてどれだけの効果があるか、

私はいまでも疑問に思っている。

文章書きは個人的才能に負うところが大きく、

才能のない人がいくら人に欠点を指摘されても、

その欠点がなおるものでもなければ、

にわかに才能に磨きがかかるとも思えないからである。

 

現に、新鷹会のなかにも、

この道何十年というベテランがおり、

苦節十年というコトバもあるように、

何十年やっても芽が出ない人がたくさんいた。

これらの人々に対して、私は、

「一年間、一所懸命小説を書いてみるが、

もし駄目だったら、才能がないと思ってあきらめるつもりだ」

といったら、生意気なやつだと叱られた。

 

小説を書いて名をなすためには長い、

苦しい修行が必要で、駈け出しが偉そうなことをいうな、

というわけである。

しかし、私はこういう仕事は

才能がなければできない仕事であると考えていた。

「才能がないとわかったら、

なるべく早く足を洗うにこしたことはない、

人生、何も物を書くだけが世渡りの方法じゃない」

というのが私の信念だったのである。

だから、つい本当のことをいってしまったのだが、

実際にやってみると、一年目に直木賞の候補になったものの、

その期は当選しなかった。

かといって、途中でやめることもできず、

結局、もう一年かかってどうやら直木賞を受賞し、

一人立ちできるようになったのである。」

(『邱飯店のメニュー』)