邱炳南(邱永漢)は買った2階建ての家に

もう一階建て増しして、人に貸しました。

 

ただ、自分は読書人だからと言って

閑静な住宅街に邸宅を買ったことは失敗であったと

述懐しています。

 

「すぐ隣りは三階建だったが、

私の買った家は二階建だった。

あとでもう一階建て増して人に貸したが、

買った時の価格は当時の香港ドルの六万ドルだった。

 

三万ドルしか現金を持っていなかったので、

私は銀行に三万ドル貸してもらえないかと申し出た。

銀行は、お金を貸すのはいいが、

未登記の土地建物を担保にお金は貸せないから、

別の不動産を提供してもらえないかと言ってきた。

 

そんな物は持っているはずもないから、

家内に話をし、家内が自分の父親に話をすると、

岳父は二つ返事で自分の家を担保に提供してくれた。

 

岳父が私にそういう便宜を図ったことが知れると、

一番上の姉さんが自分たちの時はそうしてくれなかったのに、

なぜ阿蘭(苑蘭の愛称)の亭主だけ特別扱いをするのか、

といちゃもんをつけた。

 

登記が終わると、私は自分の不動産を担保に入れて

岳父の分は抹消してお返しをしたが、

そんな面でも私は特別扱いを受けた。

 

ついでに申せば、

私が自分の好みで

閑静な住宅街に邸宅を買ったことは失敗だった。

同じ値段で一つ隣りの大通りに面した家を買っておれば、

その後の不動産ラッシュで、あッという間に

十倍にも二十倍にも値上がりをした。

 

それが読書万巻としゃれ込んだおかげで、

十年たっても、倍になったらいいほうだった。

この時の経験にこりて、

以後、東京で不動産を買うようになった時は、

私は渋谷や新宿の繁華街に目をつけるようになった。

デパートに近いほど便利だからと思って、

渋谷の西武デパートに

隣接するマンションを買ったこともあったが、

それはずっとのちになってからのことである。」

(『わが青春の台湾 わが青春の香港』)