結婚したものの花嫁を奪われた邱炳南(邱永漢)は、

一人ぽっちで眠れぬ夜を明かしたが、阿二姐の気転で

花嫁が戻ってきました。

 

「埒のあかないままに、みんなでがやがや言っていると、

阿二姐が突然、何も言わずに私の家から出て行った。

しばらくして戻ってくるなり、

『三姑娘を連れてきました』

と私に言った。

『どこに?』

『途中までです。あすこの曲り角まで来ています』

『どうして途中までしか来ない?』

『そうおっしゃらずに、行ってあげて下さい。

且那様と二人だけで話をしたいとおっしゃっています』

 

私はすぐに椅子から立ち上がった。

そうだ、二人の間のことだから

二人で話せばすぐにも片のつくことである。

 

二人の間によけいな雑音が入っているから、

ややこしくなっているだけのことではないか。

 

私は一人で家をとび出した。

路地を抜けて金巴利道(キンバリー・ロード)の

広い通りに出ると、

メルボルン・ホテルのそばに

彼女が一人ぼっちで立っているのが見えた。

 

思わず私は大股になった。

あの時ホテルの前の歩道で

どんな話をしたかはまったく覚えていない。

本当のところ、二人だけになれば

お互いに意地を張ったりする必要のないことであった。

そのまま私は彼女を家に連れて戻った。」

(『わが青春の台湾 わが青春の香港』)