大衿(タイカム)の起用を巡って

邱炳南(邱永漢)と花嫁の母親の間での

意見対立がこうじ、花嫁を実家の人達に奪われ

邱は一人ボッチで、初夜を過ごすことになりました。

 

「家内は家内で泣きの涙を

ハンカチで押さえているし、

姉は姉で、

『私は東京に帰るから恨まれてもかまわないけれど、

あとに残ったあなたのことが心配だわ』

としきりに首を横に振っている。

 

車は渡し船で海を渡り、私のマンションに向かった。

マンションの前で車を下りると、

あとを追ってきた車の中から、

家内の兄や姉が五、六人とび出してきて

家内の腕をつかまえ、

『帰ろう、帰ろう』

『もしこの家に入るのなら、

二度と家へ戻ってくるな』

『もう妹とも思わないぞ、それでいいか』

と口々に叫びながら、

強引に花嫁を私から引き離し、

自分らの車の中に押し込んでしまった。

 

私は戸口に立ってしばらく待っていたが、

やがてエンジンの音がして車が走り去ったので、

そのまま扉をあけて中に入った。

それが異国で迎えた私の結婚の初夜であった。

 

私のすぐ下の妹は親の反対を押し切って外省人と結婚をした。

家をとび出して自分らで別に仲人を立てて

親の出席しない結婚式をやった。仕様のない奴だと思ったが、

ある意味では、頼もしい限りの女と言ってよいかもしれない。

それに比べると、なんと信ずることの薄い女だろうか。

それを思うと未練はなかった。

しかし、彼女の受けた精神的な打撃も決して小さくはなかったはずだ。

それを思うと、目は冴えるばかりで、

とうとうまんじりともしないまま朝を迎えてしまった。」

(『わが青春の台湾 わが青春の香港』)