22歳の邱炳南(邱永漢)は
台湾に帰ってから半年ほど、経ったところで、
日本からの帰路、一緒になった人と一緒に
起業します。
プラント工事の設立を請負う会杜です。
が、仕事を一つとっただけで、
後が続かず、会社解散の憂き目に遭いました。
「たまたま日本から基隆に帰る船の中で
知り合った若い仲間たちと台北でよく会うようになった。
いずれも台湾へ帰ってきて似たような目にあわされていたから、
いっそこの際、企業をおこして実業家になろうじゃないか、
と一緒にお金を出し合って
プラントの工事を請負う会杜をつくった。
友人の知り合いのなかに、
日本時代に鳶職の下請けをしていた親方がいて、
工事の見積りや施工はすべてその人が
責任を持ってくれるということだった。
もう五十歳になっていたその鳶職は、
日本人の手下として働いていただけに、
誠実で男気のある人だった。
しかし、仕事は一つとれただけで、
老朽設備をこわして、ちゃんとした
貯蔵タンクにつくりかえる工事は完成させたが、
あとが続かなかった。
私は何ヵ月か、カバンを持って事務所に行き、
総経理(社長)の椅子に坐ったが、
そのうちに家賃を払うことにも難儀するようになったので、
これまた解散せざるを得なくなってしまった。」
(『わが青春の台湾 わが青春の香港』)
邱永漢思想研究家。経営コンサルタント。問題解決・意思決定の研修講師。昭和18年3月生まれ。昭和40年、東京大学経済学部卒業。同年、八幡製鉄(現新日鉄)入社。平成6年、新日鉄部長を経て、研修業に転じ、現職。以来、邱永漢作品のエッセンス本『原則がわかれば生き残れる』、『アジアの曙』、『生きざまの探求』、『新・メシの食える経済学』(以上、グラフ社)を編集、解説。平成13年『あなたも賢者になれるー私は邱永漢さんの知恵を借りた』(グラフ社)を刊行。邱永漢思想の探求をライフワークとし、その一環として、各地でセミナーを開催。「株式投資の原則」などの通信セミナーも実施。