昭和19年3月のある寒い朝、

邱炳南(邱永漢)は寝こみを襲われて

麹町憲兵隊に連行され、留置場に

一週間、置かれたのち、4月の初めに

放免されます。

 

「つかまってからちょうど一週間目がきた。

呼び出しがかかったので訊問室に入ると、

机の上に風呂敷に包んだ私の荷物がおいてあった。

『もう帰っていいんだ。

しかし、帰る前にこの誓約書に署名をしてから帰れ』

見ると、今後スパイの摘発に協力をします

といった類いの文面がしたためてある。

私は黙って空欄のところに自分の名前を書いた。

仮に私に誰がスパイをしているかわかったとしても、

知らん顔をすればいいんだと自分に言いきかせながら。

 

風呂敷包みを片手に、私は憲兵隊の外へ出た。

九段は桜並木のあるところだが、

ちょうど桜が満開に咲いているところだった。

 

あんなに桜が美しいと思ったことは前にも後にもない。

目の前がパッと明るくなって、

『ああ、自由っていいなあ、なんて空気がおいしんだろう』

と歩きながら何度も何度も深呼吸をした。」

(『我が青春の台湾・我が青春の香港』)

 

この時の体験が印象的だったのでしょう、

『サムライ日本』の中でもとりあげています。

 

「四月初めには珍しい好天気の日で、

憲兵隊の階段を下りると、

太陽の光が明るすぎて、頭がクラクラするようだった。

ふと、目をあげると、来るときは枯れ木だった

九段のあたりが、一面桜の海である。

 

あの時ほど私は桜が美しいとおもったことはなく、

また自由が有難いと感じたことはなかった。

 

しかし、同時に、あの桜の美しさの底にかくされた、

ゾッととり肌の立つような、一種形容しがたい

怖ろしさ茫然自失したのである」

(「花は桜木」。『サムライ日本』に収録)