邱永漢は『我が青春の台湾・我が青春の香港』で

麹町憲兵隊につかまり留置場に拘束された間の

自分の心理の移り変わりを書いています。

 

「生意気なことを言うわりには、

憲兵隊につかまった私は思いっ切りが悪かった。

一日目や二日目は私も志士気取りだったが、

日にちがたつにつれてだんだん弱気になってきた。

 

私のつかまった日、

許武勇さんはあわてて階段から下までころげおちたが、

私がつかまったことを知っているのは彼しかいない。

ちゃんと北山教授に知らせてくれただろうか。

また目白の女子大に行っている妹の孝子に知らせてくれただろうか。

 

北山先生が宇都宮憲兵隊の隊長と懇意にしていることは

北山先生自身の口から聞いていた。

先生が手をまわして私をこの牢屋から出してくれないだろうか。

私にとって頼りにできる人はほかにまったくいなかったから、

すっかり他力本願になっていた。

 

丸太ん棒で仕切られた留置場の中は、

どの檻の中も満員だった。

一つ檻の中に二人いれられているのもあって、

ほとんどが統制令にひっかかったヤミ屋さんだった。

私一人だけが思想犯で、ほかの人より格が上なのか、

それともヤミ屋と一緒にできないと思ったのか、

最後まで独房だった。

 

入口に立った若い兵隊さんが中をのぞきこんで、

若い私を見ると、

『おい。学生か?』

と聞いた。

『ハイ。学生です』

と頷くと、

『どうせたいしたことじゃないだろう。

いまに誰かが貰い受けにきてくれるから、もう少しの我慢だ』

と励ましともつかぬ声をかけてくれたりした。」

(『我が青春の台湾・我が青春の香港』)