経済学部の学生ではありましたが

邱炳南(邱永漢)は法学部の講義を聴いたり、

また文学部の講義に出たりして、

戦時下にありながら、自由と反権力の気風を持つ

東大の雰囲気が気に入ります。

 

「私自身について言えば、

東大に入れてもらったおかげで、

日本の最高学府がどんなものであるかを実感するチャンスに恵まれた。

ザッと周囲を見まわしても、私より頭の回転がよくて、

私よりも機転がきいて、なおかつ私よりよく勉強する人は

あまり見当たらなかった。

のちに私が人物の評価をするにあたって

学歴をほとんど問題にしなくなったのは、

最高学府の楽屋裏をのぞいてしまったからである。

 

にもかかわらず、東大は日本にとって依然として最高学府であった。

あの軍国主義の嵐が吹きすさぶさなかにあっても、

東大の教授たちはガンとして考えを変えず、

東大は帝国主義と軍国主義に対する

レジスタンスの総本山という趣きがあった。

 

ここでは植民地出身の者でも、

教授たちからも同期生の誰からも

差別待遇をされることはなかった。

同期生の中には白系ロシア人が二人ほどいたが、

この人たちも異人種扱いを受けるよりは、

日本語がよくできますね、と逆に珍しがられ、

ちやほやされるほうであった。」

(『わが青春の台湾 わが青春の香港』)