邱炳南(邱永漢)が麹町憲兵隊に連行されたのは

昭和19年3月のある寒い朝、そして

一週間留置場に置かれ、放免された時は4月の初めです。

 

「世の中は三日見ぬ間に桜かな」で、

連行された時は枯れ木であった桜が、

4月初めには満開。

この時の光景を邱は何度か回想しています。

 

「四月初めには珍しい好天気の日で、

憲兵隊の階段を下りると、

太陽の光が明るすぎて、頭がクラクラするようだった。

ふと、目をあげると、来るときは枯れ木だった

九段のあたりが、一面桜の海である。

 

あの時ほど私は桜が美しいとおもったことはなく、

また自由が有難いと感じたことはなかった。

 

しかし、同時に、あの桜の美しさの底にかくされた、

ゾッととり肌の立つような、一種形容しがたい

怖ろしさ茫然自失したのである」

(「花は桜木」。『サムライ日本』《昭和34年》)に収録)

 

「風呂敷包みを片手に、私は憲兵隊の外へ出た。

九段は桜並木のあるところだが、

ちょうど桜が満開に咲いているところだった。

 

あんなに桜が美しいと思ったことは前にも後にもない。

目の前がパッと明るくなって、

『ああ、自由っていいなあ、なんて空気がおいしんだろう』

と歩きながら何度も何度も深呼吸をした。」

(『我が青春の台湾・我が青春の香港』《平成6年》)