邱炳南(邱永漢)が麹町憲兵隊に連行されたのは
昭和19年3月のある寒い朝、そして
一週間留置場に置かれ、放免された時は4月の初めです。
「世の中は三日見ぬ間に桜かな」で、
連行された時は枯れ木であった桜が、
4月初めには満開。
この時の光景を邱は何度か回想しています。
「四月初めには珍しい好天気の日で、
憲兵隊の階段を下りると、
太陽の光が明るすぎて、頭がクラクラするようだった。
ふと、目をあげると、来るときは枯れ木だった
九段のあたりが、一面桜の海である。
あの時ほど私は桜が美しいとおもったことはなく、
また自由が有難いと感じたことはなかった。
しかし、同時に、あの桜の美しさの底にかくされた、
ゾッととり肌の立つような、一種形容しがたい
怖ろしさ茫然自失したのである」
(「花は桜木」。『サムライ日本』《昭和34年》)に収録)
「風呂敷包みを片手に、私は憲兵隊の外へ出た。
九段は桜並木のあるところだが、
ちょうど桜が満開に咲いているところだった。
あんなに桜が美しいと思ったことは前にも後にもない。
目の前がパッと明るくなって、
『ああ、自由っていいなあ、なんて空気がおいしんだろう』
と歩きながら何度も何度も深呼吸をした。」
(『我が青春の台湾・我が青春の香港』《平成6年》)
邱永漢思想研究家。経営コンサルタント。問題解決・意思決定の研修講師。昭和18年3月生まれ。昭和40年、東京大学経済学部卒業。同年、八幡製鉄(現新日鉄)入社。平成6年、新日鉄部長を経て、研修業に転じ、現職。以来、邱永漢作品のエッセンス本『原則がわかれば生き残れる』、『アジアの曙』、『生きざまの探求』、『新・メシの食える経済学』(以上、グラフ社)を編集、解説。平成13年『あなたも賢者になれるー私は邱永漢さんの知恵を借りた』(グラフ社)を刊行。邱永漢思想の探求をライフワークとし、その一環として、各地でセミナーを開催。「株式投資の原則」などの通信セミナーも実施。