昨年末に紹介した邱永漢さん、中高生の頃の
詩作活動について話を続けます。
邱さんは16歳の頃、「活版刷り、しかも仙花紙という和紙」
を使った個人雑誌『月来香』を刊行するように
なりますが、この雑誌にまつわる話を
73歳のときに刊行した『鮮度のある人生』(平成9年)で
次のように書いています。

「どうしてそういうやり方をしたかというと
私の通っていた台北高校に図書館があって、
そこの職員に木村さんという木版画を
趣味にしている人がいた。(中略)
わたしが雑誌を手づくりではじめたというと
木村さんはが木版で刷ってあげようと
申し出てくれた。
そのためには和紙でないとうまく色が
のらなかったのである。

活版刷りは自分で印刷屋まで出かけていって頼んだ。
紙代と印刷代は、家からの仕送りの中から小遣いを
極端に切り詰めたほか昼飯も抜いて節約したお金をあてた。

個人雑誌といっても、
自分ひとりで執筆するわけにはいかないので、
国語の教師のうちでも文学的な素養があると私が
評価した先生に依頼した。
先生が書いてくれた七五調の詩は不思議なことに
五十何年たった今日でもよく覚えている。

麦の穂伸びてつややかに
廃墟はきびも生いにけり
我をたのめず滅ぼしに
人を思えば物憂しや」(『鮮度のある生き方』)

ここに掲載されている国語の先生の詩は
邱さんにとって思いで深いようで、
『耳を取らなかった話』(昭和33年刊)
という本にも掲載されています。