私がはじめて邱永漢さんの誕生会に
お招きいただいたのは平成7年のことです。
南青山のフランス料理店で開かれました。

邱さんは現在85歳ですが、
14年前のことですから、
71歳になられたのをお祝いする会でした。

どうして私がお招きいただいたかというと
平成6年に、数多い邱永漢作品の中から、
私にとって教えられることの多かった作品を抜粋し
解説を加えた本を編集させていただいたからです。

その本に邱さんは『原則がわかれば生き残れる』
と命名され、ちょうどバブル崩壊が顕著になり、
迷いに迷う人が多かったからでしょうか、
多くの方によって読まれました。

誕生会は邱さんのスピーチからはじまりました。
さきほど台湾から着いたばかりだという邱さんが
次のようなお話をされました。

「このごろ私が昔、書いた文章に興味を持ち、
論評を加えられる人たちが現れました。

一人は、台湾・台北の学生の頃に
書いた作品を探し出し、読んで感じたことを
まとめて公表されました。

もう一人は、私が日本に来てから
書いた作品の中から、ご自身が興味を持たれた
文章を抜粋し、解説を加えられ、
『原則がわかれば生き残れる』という本として
昨年、出版されました。

ずいぶん、前の作品も取り上げら、
私もとても懐かしい思いをしました。

戸田敦也さんとおっしゃる方で
今日、ご出席いただいています。」
かねてより、敬服の気持ちを持つ
大先輩からわざわざ紹介いただき、
とても緊張したことを今でもよく覚えています。

さて、この時、私が興味を覚えたのは
わざわざ邱さんが中学、高校の頃に
書かれた作品を探し出された人が
いらっしゃるということでした。